日本海側から瀬戸内側へ

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雲州平田で7003Fの搬入を見届けたので松江市内へ戻ることにした。時計の針は軽く午前3時を回っていて朝風呂でも入りたいなぁと思いGoogle検索すると日本でも最古の歴史をもつ玉造温泉で日曜日に限り早朝5時から営業をしている「玉造温泉ゆ~ゆ」てところがあった。しかも松江までの道中にあって帰り道で効率がよい。料金は大人410円でとてもリーナズブルで何と言っても山陰地方を代表する名湯、玉造温泉の湯をこの料金で楽しむことができるのだから安いものだ。

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「玉造温泉ゆ~ゆ」に少し早めに着いたので駐車場に車を停めて小一時間ほど仮眠させてもらった。
ただ建物が歴史ある旅館風だと思い込んでたので実際は近代的な建物で古来の温泉とは結びつかなかったので同施設を目の前にして何処かと少し迷った。
5時の開店前に続々と同施設の駐車場に車が入ってきた。券売機で入浴券を買って入るが朝風呂目当ての人が結構多いのには驚いた。ここの温泉は汲み上げた源泉40.3℃と温めで一切加水加熱してなくて源泉かけ流しである。
1時間ほどゆっくり入浴してから上がって少し休憩をして再び松江市内へ戻る。左手に夜明けの宍道湖を見ながらのドライブだ。夜中に陸送を撮った夕日スポット「とるぱ」に車を停めて宍道湖を暫し眺める。

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所々厚い雲に覆われていて朝焼けの宍道湖とはいかなかったが朝の静寂なムードの宍道湖が印象的だった。湖畔の遊歩道を朝のウォーキングで歩いている人も疎らにいた。そうこうしてるうちに突然雨が降りだしてきた。にわか雨のようだ。
急いで車に戻り宍道湖に別れを告げ再び松江市内へと戻る。
駅前のカーシェアリングの駐車場に車を返却をして松江駅へ歩くが雨がまだパラパラと降っている。
濡れないように小走りで駅へ向かい着くと同時に雨が本降りとなり夕立のように大きな雨粒が路面を叩きつけた。僅かな時間差でびしょ濡れになるところを運が良く免れた。

帰りも勿論青春18きっぷを使ってだ。ただ行きと同じ経路で帰るのはつまらないので違う経路でと思い伯備線経由の岡山へ下って山陽本線で大阪へ帰るという経路にした。
とりあえず松江から岡山までは一回の乗り換えで約4時間33分の長旅である。
松江を7時2分発の伯備線直通の新見行きの入線を朝食のパンとコーヒーを片手にホームで待つ。
暫くして6時50分出雲市方面より新見行きが入線をしてきたが黄色一色の115系2両編成だった。しかも中間車を改造している変顔の先頭車だった。

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松江で特急「やくも」が先発をするため12分停車である。
115系の車内は乗客が疎らで向かいのホームで特急「やくも6号」待ちの乗客の方が遥かに多い。
岡山で新幹線に乗り継ぎ東京や名古屋へ向かうのであろうと思えるビジネスマンの姿が多く目につく。
特急「やくも」の発車を待って7時2分ようやく松江を発車。前夜の米子から松江間は夜で景色が見れなかったので今朝代わりに松江から米子まで景色を楽しめそうである。
国道9号線が線路横に並走していて昨夜ここを、ばたでん7003Fが陸送されていただなんてこの電車に乗り合わしている乗客誰もが思うまい。
東松江を過ぎ中海が見えてきた頃くらいから115系の久々に聞くモーターのサウンド音が耳に心地良いのか眠気がきてウトウトとして気が付けば米子に到着する前だった。

米子ではそれほど乗客の入れ替わりがなく車内の人数も増えることもなく米子を発車した。
次の伯耆大山で中線にパンタが下がっているEF64牽引のコンテナが留置中だった。それを横目に見ながら山陰線の線路とは別れ急カーブを曲がって南へと大きく進路を変える。

中国山地の険しい山間を右に左にとカーブを曲がりながら電車はゆっくりと進む。
特急「やくも」に使用されている381系の振り子電車の力が発揮出来る格好の場所であることが頷ける。途中山間の小さな駅で特急「やくも」の通過待ちやら対向列車の行き違いやらで止まりながらのんびりと電車は進むが電車の程好い揺れで再び睡魔に襲われ知らず知らずに眠ってしまってた。気が付けば終点の新見ひとつ手前の駅だった。
そして9時50分新見に到着をした。反対側ホームには姫新線のキハ120の単行が止まっていた。

新見から先の倉敷方面は同じホームの向かい側から山陽本線直通の和気行きに7分の接続だった。
ここからは115系の4両編成となる。

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新見を過ぎると高梁川に沿うように走り幾つもの鉄橋を渡っては川を右に左にと見る方向を変えながら走るが何時か乗った高山本線の車窓にとても似ていた。
山の深い緑が普段のパソコン業務の目の疲れを癒してくれる感じで心地よい。
備中高梁で乗客が一気に増える。いつの間にか複線になり一駅毎に乗客が増え車内は久々に活気に溢れてきた。
総社で桃太郎線との乗り換えと放送が入った。最初は桃太郎線?と思ったがよくよく考えてみると昔で言う吉備線のことだった。
総社からは4両しかない車内がより一層混雑し始める。倉敷では結構な数の乗客が降りたがその分同じくらいの乗客が乗ってきたので状況はさほど変わらずで混みあった状況で倉敷を発車するが山陽本線に入ると日曜日のお昼前とあって乗ってくる乗客数が半端なく増えてちょっとしたラッシュ時状態で岡山に11時35分に到着をした。
ここ岡山で昼食をと考えていたが何を思ったのか気が付けば瀬戸大橋線の快速「マリンライナー27号」に乗車していた。
四国に渡り高松で四国のうどんを昼食にしようと思ったからだ。それに何時も車で渡っている瀬戸大橋を久しぶりに電車で渡ってみたい気分になり岡山まで来てるのならと思い突発的に高松まで行くことにしたのだ。急な計画の変更でも、この辺が融通の効く青春18きっぷの強みでもあり醍醐味でもある。
岡山を快速「マリンライナー27号」11時42分に発車をした。車内は立ち席はないものの席は全て埋まっていて混んでいた。やはり四国へ渡る人が多いことを実感をする。岡山を出て約25分後に待望の瀬戸大橋を渡り始めた。

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車とは違って車窓から瀬戸内海をじっくり眺めることが出来るので有難い。天気もよく晴れて大変美しい瀬戸内海を望むことが出来た。今朝までは日本海側に居たかと思えば今は目の前が瀬戸内海で中国山地を縦に下りてきたのがすごく実感できた。

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高松には12時35分に到着をし駅改札を出て直ぐのところにあるセルフうどんの店に入った。
やはり四国のうどんは格別!そのなかでも肉うどんは絶品の味わいである。自分で青ネギ、天かすなどをトッピングをして食べる。

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出汁も濃すぎず薄すぎず麺も程好い固さで関東方面からわざわざ四国にうどんだけを食べに来るとか言う話を聞いたこたがあるがその感覚が分かるような気がする。今もこんな記事を書きながらも四国にうどんを食べに行きたくなってきたのだから。うどんを食べたあと駅周辺を軽く散策をしたあと再び快速「マリンライナー」に乗って帰路についた。

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岡山へ戻り山陽本線で今度は真っ直ぐ帰った。こちらの方は割愛させて頂き青春18きっぷ松江の旅の一連の記事はこの辺りでペンを置くことにする。
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道の駅「あまるべ」空の駅

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9月2日に青春18きっぷを使って松江まで行った時に乗った臨時快速「山陰海岸ジオライナー」の車内から見た現在の余部鉄橋のことがずっと気になっていて、いてもたっても居れず今週の日曜日気が付けば車を余部鉄橋へと走らせていた。
大阪市内から高速道路を全く使わず下道で車を走らせること4時間くらいで余部鉄橋に到着した。道中渋滞がまったく無くて快適なドライブだった。

何よりも驚いたのが暫く来ないうちに周辺の道路事情が大きく変わっていたこと。佐津ICから余部へは国道178号線のバイパスが山の中をトンネル一本で貫通していた。
なので豊岡から餘部へは大幅に時間短縮になっていて早く行けるようになってることに感動をした。
このように道路が発展して便利になることは大変嬉しいことだが、これによりますます鉄道が衰退していくことが歪めない。

佐津のインターからバイパスを10分程走り長いトンネルを抜けてバイパス終点下り口に差し掛かる手前右手に餘部のコンクリート橋がいきなり目に飛び込んでくるようになる。バイパスはこれより先も工事中のようだが再来月の11月26日には浜坂ICまで繋がるようだ。

バイパスを下りると旧の国道178号線と合流をして瞬く間に余部コンクリート橋の袂にある道の駅「あまるべ」に着く。駐車場も完備されていてここに車を置いて橋の上まで上がって行けるようになっている。
この道の駅「あまるべ」には余部鉄橋の歴史や架け替え工事の時の様子などをまとめたビデオの上映や交通情報そして土産物や農作物の販売それに御当地の食材を使ったレストランなどがある。

12時前に到着をして餘部駅の時刻表を見ると次の列車は上りの城崎温泉行きが12時20分で下りの鳥取行きが12時40分だった。
12時20分までまだ時間があったので先に食事を済ませてから上り列車を橋の下から撮って下り列車を橋の上のお立ち台から撮ろうと思った。

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先ずは20分の上りを道の駅の看板を入れて見上げて撮った。秋らしい空に飛行機雲が演出を手助けしてくれた。そして駅へのアプローチをゆっくり登ってくことにする。
駅への登り道も綺麗に整備されていて橋の架け替え前に比べて大変登りやすくなっていた。エレベーターの設置工事も現在行われていて、これが完成をすると地上から一気に橋の上まで上がれるようになる。
足の悪い人や車イスの人それにお年寄りなど歩行困難な人でも気軽に楽に橋の上まで上がることが出来るようになって大変便利になる。ホームページでは今年の9月末には完成予定となっていたが工事が難航していて2ヶ月遅れの11月末の完成となっていた。

駅へのアプローチを3分の2くらい登ったところで道が二手に別れていて右が駅へ行く道で左が橋の撮影スポットへ行く道のようなので先ずは左の道の撮影スポットへ行く道を進んだ。
橋脚を潜り道を登りきったところが撮影スポットだが鉄橋時代のお立ち台そのものが今尚残っている感じだった。
そこに一本の支柱があってライブカメラが備え付けられていた。どうやら余部鉄橋のリアルタイムの様子をこのライブカメラで撮ってインターネットに配信をしてるようだ。

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撮影スポットには既に4人くらいの人が下り列車をカメラに収めようと待っていた。
太陽は背にあるものの木陰となっていて高さ40メートルのところを吹き抜ける風がとても心地好くじっとしていても暑さをまったく感じないで快適そのものである。
周囲の山の緑と青い日本海の水平線がクッキリと見えていて申し分ないのだが残念なことに先ほどのエレベーターの設置工事のクレーンが一際目立つ。これも工事が終わるまでは致し方がないことなので諦めるしかないが、そう思っていても景観にとても不似合いなものが写るので残念でならない。それと比較的真新しいコンクリート橋が周りの景色に相まってないのが半端なく感じるのだった。
待つこと10分足らずで下り列車がトンネルの中から飛び出してきた。キハ47系2両がこっちに向けゆっくりと橋を渡ってくる。キハ47系自体の朱色は周りの景色と相まっていてしっくりとくるのだが...

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とりあえず下り列車を撮り終わってから駅の方にも行ってみた。
ホームの横にはかつての線路が残されていた。線路の先は旧橋脚の3本が保存されていてその上を「空の駅」として鉄橋展望台になっている。
現在エレベーター設置工事の為に展望台の一部には入れなかったが高さ40メートルから見える日本海を中心に見える景色は絶景だった。
あと驚いたのが駅のホームがWi-Fiに対応していることだ。

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餘部駅のホームには鉄橋に使われていた鉄骨がベンチ代わりに置かれていた。
この日は夏休みも終わった普段の日曜日だったからか数える程しか人が居なかった。
これがゴールデンウィークや夏休みとなると観光客で溢れかえるのではないだろうか?
実際先々週に「山陰海岸ジオライナー」の車内から見た時は20人くらいは空の駅に人が居たように思う。
ましてやエレベーターが出来たら下から上がってくる人も今まで以上に増えるだろう。
一通り駅を散策してから再び道の駅「あまるべ」へ戻った。
もしまた次ここへ来る時があれば冬がいいかな?青春18きっぷで来て香住で蟹でも食べて城崎温泉にでも浸かって帰るのも悪くない。
これらも山陰海岸ジオパークならではの醍醐味だ。

2017.9.10 余部コンクリート橋「空の駅」

山陰本線鳥取~松江

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前記事の続きで鳥取からはキハ47系2両編成の普通に乗り換えて米子を目指す。車内は閑散としていてクラブの帰りと思われるジャージ姿の女子高生のグループが数組乗ってるくらいで車内はほのぼのとしている。
山陰線は東海道本線や山陽本線に比べて青春18きっぷを使って移動をする旅人が少ないので席の取り合いもなくゆったりと移動しやすい。本当の意味でのんびりと旅が出来る路線だと思う。

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鳥取を発車後、車窓に流れる景色を堪能しながら記憶の引き出しを開けてキハ58系時代の「鳥取ライナー」や寝台特急「出雲」を追っかけていた頃の記憶を辿っていたらあっという間に米子に到着した。

ここで1日目の旅は終わりと言いたいところだが今夜の案件の為にレンタカーを借りるべくさらに先の松江まで行かないといけなかった。
そのため次の山陰線下り列車まで1時間くらい乗り換え時間があったので米子駅構内のコンビニで食料を調達をして待合所で適当に済ませた。

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そして19時41分発の快速「アクアライナー」浜田行きに乗車する。使用車両はキハ126系だった。前進のキハ58系「石見ライナー」を置き換えただけあって車内はキハ58系に準じた仕様になってる感じがする。

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日がすっかり沈み闇夜の中を走る快速「アクアライナー」車内は一段と閑散としていて35分あまりで松江に到着をした。
直ぐに駅前のカーシェアのレンタカーに乗り換え折り返し国道9号線を米子市内へ戻った。

2017.9.2

臨時快速「山陰海岸ジオライナー」

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先週末は天気がよく遠征をしたくなった。ちょうど青春18きっぷが2回分残ってたので何処かに行こうと思案した結果、久しぶりに山陰方面米子へ行くことにした。なぜ米子かと言うと...何時もこのブログに来て下さる方ならもう察しがつくだろう。

大阪から福知山線と山陰線を経由して米子まで348キロの距離を約10時間かけての旅である。
特に乗り換えする駅で接続が悪いって訳ではないのに僅か348キロの距離をほぼ東京へ行くくらいの時間がかかる。やはり非電化単線の宿命だろうか。そう言えば単線ゆえに行き違いでの停車とかも多大あったがそれでもたかが5分くらいだった。

10時間も!?電車に揺られるの?と声が聞こえてきそうだが、その殆どの時間が車窓から見える色とりどりの景色に目が癒されるわけだから思ってるほど苦痛ではない。

途中の豊岡からは「山陰海岸ジオライナー」とやらの臨時の快速に乗ることが出来た。
今回はその時のお話でも。最初は時刻表に載っている愛称名を見て今流行りの水戸岡鋭治が手掛けた観光列車か何かと思っていたらキハ126の外装と車内に山陰海岸の名所の写真がラッピングがしてあるだけで特に何の変哲も無かった。

豊岡発車時の乗客もまばらで各ボックス席にひとり~二人ずつが席を占領してるだけで、そんななか私は当然海側のボックス席を確保した。因みに指定席ではないので普通乗車券のみで乗れる。

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豊岡を出て鳥取までの約2時間、車窓から見える景勝地では、わざわざ減速して車掌による観光案内がなされる。
ただ気動車なのでディーゼル音でその声が消されてしまっていてこの辺りは改善の余地がある。各ボックス席の窓際に個別にスピーカーを付けるなどして自動音声による観光案内とかが望ましいのではないだろうか。
でないと折角の観光列車が勿体ない気がする。

そんなことはともかく車窓から見える山の緑や青い海が美しい。特に白波が立つ青い海は山陰地方に来た実感が湧く。
と同時に山陰線を走っていたキハ58系を追っかけてた頃がとても懐かしくその時のことが鮮明に思い出した。あれからもう15年も経つのか…

さて臨時快速「山陰海岸ジオライナー」が豊岡を14時9分に発車した。最初に止まる駅がお隣の城崎温泉である。
特急「きのさき」と「こうのとり」の終着駅でもあり電化されてるのもこの駅までである。
城崎温泉でどのくらい乗客が乗ってくるかと思っていたら殆ど居なかった。それより大阪方面行きのホームの方が温泉帰りの特急待ちの乗客でいっぱいだった。
城崎温泉を出ると非電化となり線路は大きく西へとカーブをして竹野を目指す。まだ海からは少し離れている山間部を走り線路がまた大きく北へ向くと一面に田園地帯が広がり程なくして竹野に着く。

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竹野は海水浴場が多くて夏のマリンレジャーのメッカでもある。竹野を出ると線路は再び西へ向き竹野海岸沿いに走りだすと列車は減速して車掌による観光案内の放送が入る。淀の洞門と呼ばれる岩壁が遠くに見えている。これを見ると竹野海岸に来たと実感する。山陰地方特有の黒瓦の屋根の漁村の家並みと日本海を見ながら列車は次の停車駅の香住を目指す。
途中の柴山は通過だ。駅の北西側にある小高い丘にお墓があって昔はここから柴山駅を通過をするキハ58系の、かにカニエクスプレスを撮った記憶がある。またしても懐かしい記憶が蘇った。

山間部から抜けると住宅街が広がり香住に到着をする。香住と言えばカニで香住の漁港で水揚げされるベニズワイガニを香住ガニと呼ぶそうで漁獲量も松葉ガニより多いため比較的リーズナブルな価格で提供されている。毎年9月中旬には香住ガニまつりが開催されているそうで冬の香住は多くの香住ガニ目当ての旅行者とツアー客で賑わう。
その香住を出ると土手の桜並木が綺麗な矢田川を渡り香住高校と香住湾を見下ろしながら再び列車は勾配を登っていく。
香住海岸の辺りで列車は再び減速して観光案内放送がなされる。山の向こうに日本海と荒々しい岩壁が見える。

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鎧駅付近でも減速をして日本海を望んだあと次のトンネルを出ると高さ41メートル長さ310メートルの朱色の余部鉄橋は日本一で...と余部鉄橋の解説が案内放送される。
今回の旅で一番楽しみにしてたのは実は余部鉄橋だった。よく寝台特急「出雲」をここで撮ったもので懐かしい思い出と今のように当時デジタルが普及してたらもっと過酷な条件でも撮れただろうにそう思った。
安全性と老朽化などを考慮したら鉄橋の架け替えは致し方なかったと思うがコンクリート橋になったのが一番に残念に思う。
コンクリート橋になってからも車窓から見る風景は鉄橋の時に見た風景と一緒で変わりがないがコンクリート橋がまだ真新しく周りの風景と相まっていないのが残念でならない。

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ホーム上にいる沢山の人達に出迎えられ餘部駅に着いた。この人達が全員乗ってくるのか?と思ったら誰も乗ってくる気配はない。どうやら車で来た人達が鉄橋の真下にある道の駅に車を置いて鉄橋の見学に駅のホームまで下から上がってきてるようだ。
鉄橋時代には道の駅など無かった。ここを通る観光バスが立ち寄るくらいでホームの上までは観光客がわざわざ上がってくることは無かった。
そう言った意味でも観光誘致出来るのであれば鉄橋の架け替えは成功だったであろう。
今でも餘部駅寄りの鉄橋の一部が保存されていて歩くことが出来る。
見たところ地上と鉄橋の上を上がり下がり出来るエレベーターまでが設置されていた。餘部駅の利用者だけで考えるとエレベーターの設置はあり得ない。ここへ見学にやってくる観光客の為にエレベーターを設置したのだろう。それだけ観光スポットとなっていて鉄道マニアしか居なかった鉄橋時代では考えれないことだ。
そんな沢山の観光客に見送られ列車は餘部駅を後にする。

列車は山にしがみつくかのように走り眼下に国道178号線と並走する。久谷を通過をすると今度は山でも海でもなく眼下に色付いた田んぼを見ながら浜坂駅に到着した。
かつてキハ58系で走っていたかにカニエクスプレスはここ浜坂で折り返しだった記憶がある。
浜坂は松葉がに・ホタルイカ水揚量日本一の町で2005年10月に浜坂町と温泉町が合併をし新温泉町が発足されている。浜坂駅からバスに乗り換えて約30分くらいで1981年頃に放送されたNHKドラマ「夢千代日記」の舞台にもなった湯村温泉への玄関口でもある。
このドラマで記憶があるのは先ほどの余部鉄橋を渡るキハ58系急行「但馬」のシーンだ。この頃はまだ子供だったが高い位置にある鉄橋を長大編成のキハ58系が轟音たてて渡っていく圧倒的なシーンが子供心に衝撃的だった。
湯村温泉はこのドラマの放送共に夢千代の里として脚光を浴びた。
大阪神戸から湯村温泉行きの直行バスが出てるので浜坂までJRの特急列車で来てバスに乗り換えて行く人は少ないようだ。

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浜坂を出ると諸寄、居組、東浜と通過をして岩美に停車。岩美を出ると大岩、福部も通過をして榎峠に差しかかり、かつてスイッチバックがあった滝山信号所を通るが現在は機能してないので雑草が生い茂り荒れ地になっていた。そうこうしてるうちに終点の鳥取駅に到着をした。
始発の豊岡から終点の鳥取まで殆ど乗客の入れ替わりが無いまま2時間の長いようで短かった快速「山陰海岸ジオライナー」の旅が終わった。
これより先9分の乗り継ぎでキハ47系使用の普通に乗って再び米子を目指すのだった。

2017.9.2

ARRIVAL~OKINAWA

遂に暑い沖縄にやってきた!暑い時は暑いところに行くに限るw というようなノリで初めての沖縄入り梅雨も明けて入道雲湧き上がる太陽ギラギラのド快晴!そんな那覇空港に降り立った。那覇市内への移動は沖縄で唯一の鉄道、沖縄都市モノレール“ゆいレール”に乗って宿泊施設のある最寄り駅まで移動をする。

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ゆいレール那覇空港駅改札口横には日本最西端の駅を証明する碑が壁に埋め込まれていた。

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切符は自動改札機に通すのではなく切符のQRコード部分を改札機のQRコード読み取り部分にかざすと改札口が開くシステムになっている。

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驚くことに空港からの乗客で混雑をしているのにも関わらず“ゆいレール”は2両編成で車内はちょっとしたラッシュ時の状態になっている。聞くところによると開業当時は2両編成でも全く問題がなかったようだが近年の格安LCCブームで海外からの旅行者が殺到して2両編成では追い付かなくなってきてるらしい。乗客の大半がアジア系の旅行者で車内は中国語や韓国語が飛び交う。
そして初めての“ゆいレール”乗車、いよいよ沖縄プロジェクトが始まった。

2017.7.8 沖縄都市モノレール“ゆいレール” 那覇空港駅
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